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応援は、いつもあとからついてくるーー花木ひかるさんインタビュー編集後記

応援は、いつもあとからついてくるーー花木ひかるさんインタビュー編集後記

秋田の若い世代のキャリアガイドとなるメディア『ame magazine』。そこで、昨年の初冬に公開されたモデル・花木ひかるさんのインタビュー記事を執筆しました。

同じ高校の卒業生というご縁で花木さんに取材させていただいたのですが、花木さんの夢を追いかける行動力と周りの反応の変化を、ワクワクしながら聞いたこと、未だに新鮮な気持ちで思い出せます。
今日は、花木さんのお話を通して思ったことを編集後記的に少し書いてみたいと思います。

まずは、花木さんがモデルを仕事にするまでのお話を少し。

花木さんは小さい頃からモデルになりたいという夢がありましたが、モデルになりたいという夢を「最初から疑わず追いかけられた」というわけではありませんでした。その理由として、「『誰も応援してくれないだろうな』という諦めがあった」と花木さんはインタビュー中で語っています。

「芸能関係の仕事にすることへの憧れはずっとあったけど、『現実的じゃないな』という考えの方が先行していました。地元や家庭内の空気感でそう感じたんだと思います。やりたいと言っても誰も応援してくれないだろうな、と思っていたんです。」

そんな花木さんが再び夢に向かって走り出そうと決意したのが、偶然テレビで見たミスユニバース。そこから花木さんの人生は彼女の行動によって大きく変わっていくのです。

仕事の合間を縫って秋田から東京に通いレッスンを受けるなど、夢へと邁進する花木さんを見て、周りの人たちの反応も少しずつ変わっていきます。

モデルになることを最初は反対していたご両親は、今ではいちばんの応援者に。当時花木さんが勤めていた会社の人たちも、彼女がミスユニバースに出場するとなったときは全力で応援してくれたのだそう。

「応援される人って、その人自身の“行動”がまず最初にあるんだ」

花木さんのお話を聞いてこんなことを思いました。たとえばフィギュアスケート選手の浅田真央ちゃん。彼女ほど応援されたスケーターは私は生まれてこのかた知りません。

その理由は、真央ちゃんがどんな逆境でも舞台に立ち続けたからだと思うんです。ソチ五輪のショートプログラムが16位だったときも、お母さまが亡くなったすぐあとも、真央ちゃんは舞台に立ち続けた。

もちろん、彼女が辛いときに「無理を押してリンクに立つことが正しかった」と言いたいわけではありません。ただ私たちは、「それでも」を選んだ真央ちゃんに勇気をもらい励まされ、だからこそ応援したいと思ってきたのではないかなぁと思うんです。

夢を持ったとき「応援されたい」と思うことは、ごく自然なことだと思います。私自身も応援されないよりだったら、応援された方がずっと力が湧いてくる自分を想像します。

けれどもそのとき「行動するか/しないか」を「応援されるか/されないか」に左右されてしまうのはもったいない。なぜなら応援はきっといつも、行動した先に待っているものだから。

花木さんはそんなことを体現してくれたように思います。快活な笑顔の裏に強い意志を秘めた花木ひかるさん。そこにいるだけでパッと花が咲くような雰囲気は、彼女の内側から滲み出るものなのだと、インタビューを終えた今思います。

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1995年生まれ、秋田県能代市出身。編集者・ライター。株式会社Wasei所属。これからの暮らしを考えるウェブメディア「灯台もと暮らし」編集部。NFB(日本女子野球機構)メンバー。