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自分は「挑戦」できているか?ーー宮地貴士さんインタビュー編集後記

2019-07-07

自分は「挑戦」できているか?ーー宮地貴士さんインタビュー編集後記

宮地さんとの最初の出会いは彼が大学1年生の時まで遡ります。多方面の人間を交流させたい!というある先輩が催した交流会で知り合ったことがきっかけでした。

私自身、当時は自分を見失っている時期でした。そして彼もまたロシナンテスのインターンに参加する前の迷走期(本人談)だったこともあり、お互い波長が合ったのでしょうか。

年に3回ほど開かれる交流会で久しぶりに会う度、ドラえもんばりに「あんなことこんなことできたらいいな」みたいな話題で盛り上がった記憶があります。

交流会以外ではお互いアクティブなため、Facebookで近況を知るくらいの仲でした。そんな彼のザンビアとの関わりについてちゃんと知ったのは2018年の夏から。

宮地さん主催でザンビア人を秋田に招いて文化的な交流を行う、というイベントに招待してもらったことがきっかけです。そこで彼がザンビアに診療所を建設しようと活動していることを知りました。

活動内容について詳しく知る前までは、スケールの大きさからただ「凄いな」と思う程度でした。しかし、そのイベント以降は彼の投稿(活動報告)を見る目も変わりました。投稿をちゃんと読むとそこに書かれていたのは彼の不安や葛藤の日々について。

以降、団体としての活動以外の「宮地貴士」さんという人間についてもっと詳しく掘り下げたい。そしていつかその部分に重心を置いた記事のようなものを書くことができたらいいな、なんて思うようになりました。

季節は変わって2018年11月。例の交流会で出会ったうちの1人でもある後藤将弥さんから久しぶりに合わない?とお食事に誘っていただく機会がありました。1年以上ぶりの再開です。

近況報告などで話の種は尽きず、なにより渋谷で夕食を食べながら秋田について熱く語られていた姿が印象に残っています。そんな食事の席で、ご自身が立ち上げたAme Magazineのライターをやらないかとのお誘いをいただきました。

すでに掲載されている記事はどれも本格的なライターの方々が書かれたものばかり。正直最初は自分なんかが…と思いました。しかし、webのライターという貴重な経験への興味、そして宮地さんの件もあり、今回このような形で引き受けさせていただいた次第です。

変わり続けてこその”自分らしさ”がある

文字数の関係で本稿には載せなかったのですが、宮地さんは幼い頃のトラウマから歌うことが苦手なんだそうです。ザンビアブリッジでの活動を通じてぶつかっている「双方向のやりとり」という大きな壁。自身の苦手の中にも光を見たのでしょう。

乗り越え方、あるいは壊し方は依然模索中とのことでしたが、ミュージカル出演という経験から得たものは大きかったようです。そしてなにより、21歳にして自分の殻を破ろうとする姿には学ぶところが多く、薫陶を受けました。

また、プロジェクト開始当初は周囲を傷つけてしまうこともあったといいます。不安の最中、最終的にザンビアブリッジの立ち上げを決めたのは「やってみないとわからない」との思いから。

活動認知が主な目的であったザンビア風お好み焼きの販売は、徐々に不安を払拭するための行為という意味合いも兼ねるようになっていった、とのことでした。結果、活動に夢中になりすぎて周りが見えなくなることで、身近な人を蔑ろにしてしまう時期が続いたといいます。

当時を振り返り「大大大反省です(笑)」と宮地さん。様々な失敗を乗り越えながら、彼は挑戦を続けています。

そんな彼の姿を見て思ったことがあります。
「自分は挑戦できているか?」ということです。

私自身、決まりかけた進路を大きく転換したりやりたいことを実現するために休学したりと、学生生活は挑戦の連続でした。でも最近は、特に就活を終えたあたりからは、燃え尽きたというわけではないのですが、すっかり落ち着いてしまっていたような気がします。

高校の時に英国へ短期留学し、現地の人にインタビューをして記事にする。そんな経験を機にこれまで記者まがいの活動は行ってきました。

大学において、この方面では新聞サークルでの取材や広報誌への寄稿などが主な活動でしたが、今回のような「対談形式の記事をつくる」という経験はほとんどありません。その点で今回の取材は私にとって久しぶりの「挑戦」でした。

記事作成にあたり、対談形式のものは普通の記事以上に伝え方に留意する点が多いように思いました。会話の内容を全て伝えたいと思っても、文字数の関係でそうはいきません。

そしてなにより完全な整文ではなく宮地さんの生きた言葉を伝えなくてはいけない。彼の話はこの編集後記で紹介したものを含め、どれも魅力的な話ばかりです。なにを削るか、そして再度どう組み立てるか。予め記事全体の構成を決めてはいたものの、ニュアンスの面で取材後のそういった調整作業には頭を悩ませました。

元来こういった自分で集めた情報を取捨選択し、伝え方についてあれこれ考えるという作業が好きな人間です。今回もそうでした。そこに初めての経験という要素が重なり、いつも以上にワクワクしていました。久しぶりの感覚です。活動を通じて、自身をアップデートしていくには挑戦し続ける以外に方法はないということ。

そしてそうしていくうちに”自分らしさ”のようなものが形になっていくのかなということを感じさせられました。来年度から新聞社に所属する身として本当に良い経験をさせてもらったと思っています。

最後になりますが、今回のwebマガジンのライターという貴重な機会を提供してくださったame magazine代表の後藤将弥さん、素晴らしい写真を撮影してくれたカメラマンの遠藤大暉さん、そしてなにより私の拙い質問に真摯に向き合ってくれた宮地貴士さんに感謝の意を表して編集後記を書き終えようと思います。

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1995年生まれ、茨城県日立市出身。学業以外に新聞サークルでの取材や大学の広報誌に記事を寄稿するなどしていた。神社検定や日本農業検定など資格集めにハマっている。日本酒と二郎系ラーメンを愛する。

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